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東京高等裁判所 昭和43年(く)154号 決定 1969年1月29日

被告人 中田友也

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する公職選挙法違反被告事件(東京地裁昭和四〇年特(わ)第六一二号)につき被告人および弁護人らから申し立てられた裁判官忌避申立事件(同庁同年(むのイ)第七〇〇号)に対し、昭和四三年一二月九日付をもつて東京地方裁判所刑事第一六部がなした却下決定に対し、右申立人らから即時抗告の申立があつたので、当裁判所はつぎのとおり決定する。

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の趣意は、申立人中田友也外八名作成名儀の昭和四三年一二月一二日付「即時抗告の申立」並びに同年一二月二五日付「即時抗告申立補充書」と題する各書面に記載してあるとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対してつぎのように判断する。

所論は、原決定は本件被告事件の審理経過をみ誤り、被告人および弁護人らの主張事実を著しく曲解するものであるとして種々説をなし、原決定の取消を求めるにあるが、所論に徴して本件抗告事件記録並びに取寄にかかる本件被告事件記録(以下、併せて一件記録という。)を精査するも、本件忌避の申立を理由がないものとして却下した原決定に誤りがあるとは認めがたい。

そもそも、本件忌避の申立は、東京地方裁判所刑事第四部(以下、これを公判裁判所という。)の各裁判官が本件被告事件について予断と偏見を持ち、不公平な裁判をする虞れがあるというにあるが、その理由とするところは、要するに、申立人らが本件被告事件の第一回公判以来、順次主張してきたところの、本件公訴の提起は検察官による公訴権の濫用である旨の主張並びにこの点に関し、公判裁判所が弁護人らのする検察官に対する求釈明の発問要求(刑事訴訟規則第二〇八条第三項)を却下し、右公訴権の有無に関する論争を一応打ち切つて、公訴事実の存否に関する審理手続に進もうとした訴訟指揮に由来するものであることは公判審理の経過その他一件記録に照らして明白である。

しかし、公判裁判所(その機関としての裁判長を含む。以下、同じ。)の訴訟指揮は訴訟の審理に一定の秩序を与える合目的的行為であり、その権限の行使は刑事訴訟法規に拘束されるほかは具体的事件の処理を担当する裁判所の自由な裁量に委ねられ、明文の規定をもつて上訴を許されている一部の裁判を除いては、その裁判に対し、抗告裁判所といえども、事件に対する終局裁判以前においては、軽々しくその当否を論ずることはできない。けだし、訴訟指揮の裁判は憲法が規定する迅速な裁判を指向するが故に速やかに執行されることを要するとともに、直接訴訟法規の明文に基づくものであつても具体的訴訟における解釈適用には見解の岐れるものあり、いわんや明文の規定がなく、あるいは自由な裁量に委ねられているものにつき、明文の規定なくして上訴審の判断を示すがごときは、当該訴訟の帰趨を左右して裁判の円滑な進行を妨げるおそれなしとしないからである。

ところで、本件における公訴権濫用の有無に関する主張のごときは、刑事訴訟法規上明文の規定を欠き、訴訟の運用上、いかにこれを理解すべきかは一個の問題であり、これを、かりに刑事訴訟法第二四八条の解釈に関する問題であるとしても、検察官の裁量の当否は裁判所の審査の対象とはならないとの見解もあり、あるいは本件公判裁判所のごとく検察官の起訴処分が裁量権の範囲を著しく逸脱し、違法の程度に達するときは司法審査の対象となるとの見解もあり、要するに説の岐れるところであるが、これを、本件公判裁判所のごとく解しても、その審査の時期、方法についてはもとより明文の規定はなく、一派の学説が説くごとく公訴事実の存否の審理に先だつても審査しうべきものとするものもあり、あるいは、本件公判裁判所のごとく、公訴事実の存否の審理が前提であり、これとの関連において審査すべきものとの見解も十分首肯しうるところである。そして、本件公判裁判所のごとき見解に立脚する以上、同裁判所が所論のごとく求釈明のための発問要求を却下し、公訴事実の有無に関する審理にはいろうとした一連の訴訟指揮もまた容易に理解しうるところであり、なんら裁量権を逸脱した訴訟指揮ということはできない。なお所論は、右のごとき訴訟指揮をとらえて弁護権の制限であるかのごとく主張し、この点に関して原決定が、後日、必要に応じてさらに釈明を求めるべき旨説示した点をとらえ、かかる保証はどこにもないと論難する。しかし、所論弁護権の行使も、いつ、いかなる段階で行使せしめるかは裁判所の自由な判断にかかり、そのことをも考慮に容れて審理に秩序を与えることこそ訴訟指揮の目的であるから、弁護人らの希望する段階においてこれを許さなかつたからといつて直ちに弁護権を制限するものと速断することは許されず、むしろ、公判裁判所としては具体的事件について審理を尽くすのが当然の責務であり、その審理の経過において必要と認める場合においては、さらに釈明等の措置に出るべきこともまた当然というべきである。してみれば、いまだ刑事訴訟法第二九一条第二項の手続にも進展していない本件訴訟の現段階において、弁護権の制限を論ずるがごときは早計の謗りを免れない。

しかして、訴訟において訴訟関係人が裁判所の訴訟指揮に従うべきは当然の義務である。もし、これに服しがたい事由ある場合においては、時機を失することなく、裁判所に対して異議の申立をなしてその是正を求めるべきであり、ことここに出でず、直ちに公判裁判所の裁判官に忌避事由ありと主張するがごときは許されないものと解する。申立人らが被告人として、あるいは弁護人として、右のごとき本件公判裁判所の訴訟指揮に対し(その趣旨そのものが不明であるとの意味をも含めて)承服しがたいとの見解を抱いていることは一件記録に照らして容易に推認しうるところである。しかるに申立人らは、被告事件の公判廷において、右のごとき公判裁判所の訴訟指揮に関連するみずからの陳述を異議の申立ではない旨強調し、これを異議の申立と解して処置した公判裁判所の決定をもつて違法あるいは不当な処分とし、本件忌避事由の一として主張する。しかし、異議の申立は、当事者主義的訴訟構造を基本とするわが国の刑事訴訟においては、当事者に与えられた当然の権利であり、主張すべくして主張せられない場合には責問権の放棄等として違法な訴訟指揮も治癒されるに至ることすらあることにかんがみれば、むしろ、適正な訴訟運営のための当事者の義務ともいうべきである。そして、それが、訴訟指揮の裁判の是正を求める唯一の不服申立方法であることも原決定が説示するとおりである。以上の法理は、いうまでもなく申立人ら、とくに弁護士たる弁護人らにおいてはつとに熟知している筈であるにかかわらず、しかく異議の申立ではない旨強調するについては、そもそも訴訟の進行は訴訟関係人の信頼関係を基調とすべきであり、かたくなに、ただ訴訟法規に従つて進行するがごときは裁判の信頼を得るがゆえんではないなど、それ相応の理由あるものと思われ、そのこと自体は当裁判所としても異論はない。また、当事者としても、異議権の行使に名を藉りて事々に異議の申立をなし、裁判所の審理を昏迷に導くがごときは権利の濫用として許さるべきものでもない。しかし、いかに信頼関係を基調とするとはいえ、本件公判裁判所の前記訴訟指揮が所論のごとく当事者にとつて重要なものであるならば、その採否はこれを裁判所に委ねるにせよ、直ちに異議の申立をなしたからといつてなんら非難さるべき筋合ではない。信頼関係の基調は異議申立の有無にあるのではなくして、これに対する裁判所の決定に従つて審理の秩序を保つことにあるものというべきである。したがつて、本件公判裁判所が第二二回公判における申立人らの陳述を異議の申立と解して処理した措置は、訴訟法上極めて当然のことといわざるをえない。所論は、しかし右のごとき審理方式は、従前の、いわば法廷慣行をいわれなくして変更するものであるかのごとく主張する。しかし、訴訟指揮は、もともと合目的的な行為であり、これに関する裁判は、他の裁判と異なり、いつでも変更することができるのであるから、この点に違法の点はなく、また、裁判所が、具体的な訴訟において、いかなる審理方式をとるか、それをいつ、いかなる変更をするかは、当該訴訟における手続の進展とそのさいにおける訴訟状態等に応じ、かつ、これに応じてのみ決定しうる裁量行為であるところ、本件公判裁判所がその裁量権を逸脱したとの形跡を記録上窺いえず、当裁判所においてその当否を論ずべき限りではない。そして、本件被告事件の審理の経過、すなわち、起訴後三年以上も経過し、二〇回以上にわたる公判審理を重ねてなおかつ刑事訴訟法第二九一条第二項所定の手続段階にも進展しない審理の実状にかんがみれば、所論指摘の訴訟指揮が従前のそれと異なるものありとするも十分理解しうるところであり、このことを捉えてそれが背信行為であるかのごとく論難し、本件公判裁判所の各裁判官に不公平な裁判をする虞れがあると主張する論旨は当らない。

その他、所論に徴して検討するも、本件公判裁判所の訴訟指揮については、訴訟法規の解釈上許されないような解釈に立脚するものは毫も見出しがたく、また、許された裁量権の範囲を逸脱するものと認むべきものもなく、その間、本件忌避事由にいうがごとく各裁判官が本件被告事件につき予断と偏見を抱き、不公平な裁判をする虞れがあるとの疑いをさしはさむがごとき事情はいささかも窺いえない。さすれば、これと同旨の結論に出た原決定には、冒頭記載のごとく、なんら所論のごとき誤りは存しないものというべきであるから本件即時抗告は理由がなく、刑事訴訟法第四二六条第一項に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 栗本一夫 石田一郎 金隆史)

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